「車いすのブレーキをかけずに立ち上がり、転倒してしまった」
「座ろうとしたときに車いすが後ろへ動き、尻もちをつきそうになった」
病院や介護施設、ご家庭では、このような車いすのブレーキに関する困りごとがみられることがあります。
ブレーキのかけ忘れは、単なる不注意だけで起こるとは限りません。車いすの操作性、身体機能、見え方、記憶や注意機能、周囲の環境、介助方法など、複数の要因が関係している場合があります。
この記事では、現役の作業療法士が、車いすのブレーキをかけ忘れるときに確認したい原因と、転倒を防ぐための具体的な対策を解説します。
ブレーキのかけ忘れによる転倒を繰り返している場合は、本人の努力や声かけだけで解決しようとせず、医師・看護師・作業療法士・理学療法士・福祉用具専門相談員・ケアマネジャーなどへ早めに相談してください。
使用している車いすや移乗方法が、ご本人の状態に合っていない可能性もあります。
まず確認したいこと
車いすのブレーキが不十分なまま立ち上がったり座ったりすると、車いすが動いて転倒につながることがあります。厚生労働省の資料でも、ブレーキの確認不足や不十分な見守り、車いすとベッドの配置などが事故の要因として挙げられています。
参考:厚生労働省「福祉用具|ヒヤリハット」
転倒を繰り返している場合は、最初に次の点を確認します。
- ブレーキは本人が無理なく操作できる位置にあるか
- レバーが硬すぎたり、短すぎたりしないか
- 左右両方のブレーキが正常に作動しているか
- 立ち上がりや移乗に必要な身体機能が保たれているか
- 車いすとベッド・椅子・トイレの位置関係は適切か
- 本人が手順を理解し、思い出せる状態か
- 家族やスタッフの介助方法が統一されているか
「忘れないように注意してもらう」だけではなく、忘れても事故につながりにくい方法を考えることが重要です。
車いすのブレーキをかけ忘れる原因
1.ブレーキが操作しにくい
ブレーキレバーが遠い、硬い、短いなどの理由で、本人が操作しにくいことがあります。
手や肩の痛み、筋力低下、片麻痺、関節の動かしにくさなどがある場合には、ブレーキの存在を理解していても、十分にかけられない可能性があります。
この場合は、本人への注意だけでは解決しません。車いすの種類や寸法、ブレーキレバーの形状などを、リハビリ専門職や福祉用具専門相談員と一緒に見直します。
2.ブレーキや周囲が見えにくい
視力の低下や視野の問題、車いすの構造によって、ブレーキレバーが見つけにくいことがあります。
また、周囲に物が多い、照明が暗い、別の物に気を取られているといった環境も影響します。
ブレーキを目立たせる工夫は選択肢になりますが、色を付ければ必ず解決するわけではありません。本人がどこを見ているのか、どの位置なら気付きやすいのかを確認して調整します。
3.手順が習慣として定着していない
家族やスタッフが毎回ブレーキをかけていると、本人がブレーキ操作を行う機会が少なくなり、自分で確認する習慣が定着しにくいことがあります。
一方で、安全上、本人だけに任せられない場合もあります。
本人の能力と危険性を評価したうえで、
ブレーキをかける
足の位置を確認する
手すりや肘掛けを持つ
立ち上がる
といった手順を、支援者間で統一します。
4.記憶・注意・遂行機能が関係している
脳卒中などによる高次脳機能障害では、注意障害によってミスが増えたり、二つのことを同時に行うと混乱したり、作業を長く続けにくくなったりすることがあります。また、遂行機能障害では、行動を順序立てて実行することが難しくなる場合があります。
参考:国立障害者リハビリテーションセンター「高次脳機能障害を理解する」
参考:国立障害者リハビリテーションセンター「医学的リハビリテーションプログラム」
参考:国立障害者リハビリテーションセンター「よくあるご質問」
認知症でも、記憶だけでなく、注意や判断、行動の手順などが影響することがあります。
ただし、ブレーキのかけ忘れだけで注意障害や認知症と判断することはできません。
次のような変化も同時にみられる場合は、医療・介護の専門職へ相談してください。
- 同じ手順で何度も失敗する
- 声をかけても直後に忘れる
- 二つの動作を同時に行うと混乱する
- 行動の順番が分からなくなる
- 以前よりぼんやりしている
- 急に症状が増えた
- 転倒やヒヤリハットを繰り返している
5.焦りや周囲の環境が影響している
トイレを急いでいる、呼ばれて振り向いた、床に落ちた物を取ろうとしたなど、別のことへ意識が向いた瞬間にブレーキ確認が抜けることがあります。
支援者が急がせていないつもりでも、本人が周囲に合わせようとして焦っている場合もあります。
本人だけを責めるのではなく、時間帯・場所・直前の行動などを記録すると、かけ忘れが起こりやすい条件を見つけやすくなります。
特に注意したい場面
車いすから立ち上がるとき
ブレーキがかかっていないと、身体を前へ移したときに車いすが後方へ動くことがあります。
車いすへ座るとき
本人が後ろ向きで座ろうとした際、車いすが逃げるように動くと、尻もちや転倒につながります。
ベッドやトイレへ移乗するとき
移乗先との距離や角度が適切でない、フットサポートが邪魔になっている、床が滑りやすいといった環境要因も確認します。
物を拾う・前へ手を伸ばすとき
立ち上がる予定がなくても、大きく前方へ身体を傾けることでバランスを崩す場合があります。
車いすのブレーキかけ忘れを防ぐ対策
1.車いすとブレーキを点検する
最初に、本人の認知機能だけでなく、車いすそのものを確認します。
- 左右のブレーキが確実に効くか
- レバーが硬すぎないか
- 本人の手が届くか
- 座面の高さや幅が合っているか
- フットサポートや肘掛けが移乗を妨げていないか
- タイヤの空気圧や摩耗に問題がないか
必要に応じて、ブレーキ延長レバーや自動ブレーキ機能を備えた車いすなども検討します。
ただし、市販品を自己判断で取り付けたり、車いすを改造したりせず、福祉用具専門相談員やリハビリ専門職へ相談してください。
2.車いすの置き方と周囲の環境を整える
立ち上がる場所によって車いすの位置が毎回変わると、動作手順も変わりやすくなります。
可能な範囲で、
- 車いすを置く向き
- ベッドや椅子との距離
- 手すりの位置
- 足元のスペース
- 照明
- 床の滑りやすさ
を整えます。
環境調整は本人への声かけだけに頼らず、安全性を高める重要な方法です。
3.短い声かけに統一する
長い説明は、かえって動作を止めたり混乱させたりする場合があります。
例えば、
「立つ前に、ブレーキ」
「左右のブレーキを確認しましょう」
など、短く具体的な言葉に統一します。
家族やスタッフごとに言い方が異なると混乱しやすいため、本人が理解しやすい表現を決めて共有します。
4.一つずつ手順を確認する
複数の指示を一度に伝えるのではなく、
- 車いすを止める
- 左右のブレーキをかける
- 足を床へつける
- 手を置く
- 立ち上がる
というように、本人に合わせて手順を分けます。
ただし、手順表を貼るだけで安全が保証されるわけではありません。表示を理解できるか、実際の場面で確認できるかを観察します。
5.見守りや介助方法を統一する
一人のスタッフは本人にブレーキをかけてもらい、別のスタッフは先にかけてしまうなど、対応が一定しないと習慣化しにくくなります。
本人ができる部分と、支援者が安全のために行う部分を整理し、家族・施設・通所サービスなどで共有します。
事故やヒヤリハットが発生したときは、本人の不注意だけで終わらせず、
- どこで起きたか
- 何をしようとしていたか
- 誰がいたか
- どのような声かけをしたか
- 車いすの位置はどうだったか
を振り返ります。
6.安全機能のある福祉用具を検討する
本人の状態によっては、立ち上がると自動的にブレーキが作動する車いすなど、安全機能のある福祉用具が適している場合があります。
福祉用具は、本人の身体機能・認知機能・生活環境・介助状況を含めて選ぶことが大切です。適切な福祉用具の利用は、本人の移動や安全を支える手段になります。
参考:作業療法士協会「状態像に応じた効果的な福祉用具利用のための ガイドライン ~自立支援の観点から~」
参考:厚生労働省:「介護保険における福祉用具の選定の判断基準改訂案」
🌿 作業療法士からのポイント
ブレーキのかけ忘れが続くと、「何度言っても忘れる」「本人に危機感がない」と感じることがあります。
しかし、原因は本人の意欲だけではありません。
ブレーキが操作しにくい、手順を覚えにくい、周囲に気を取られる、急いでいるなど、本人と環境の組み合わせによって起きている可能性があります。
まずは「忘れないように頑張ってもらう」よりも、忘れても事故につながりにくい環境と支援方法を整えることを優先しましょう。
完璧に自分でできることを目指すのではなく、ご本人の能力を活かしながら、安全に続けられる方法を探すことが大切です。
脳トレはブレーキのかけ忘れ防止に役立つ?
抹消課題などの認知課題は、数字や文字を探す活動として、注意を向ける練習に活用できます。
ただし、抹消課題に取り組めば、車いすのブレーキのかけ忘れや転倒を防げるとは限りません。
机上で行う課題と、実際に車いすから立ち上がる場面では、必要な動作や環境が異なります。認知トレーニングについても、認知機能の一部を練習する研究はありますが、特定の日常事故を直接防ぐ効果までは明確ではありません。
そのため、脳トレは次の位置付けで活用します。
- 無理なく取り組める活動の一つ
- 注意を向ける練習の一つ
- 本人の得意・苦手を観察する機会
- 余暇や生活リズムを整える活動
安全対策の中心は、車いすの調整、環境設定、移乗方法、見守り、支援者間の共有です。
注意を向ける練習に使える教材
当サイトでは、数字や文字などから指定された対象を探す抹消課題を無料で公開しています。
※本教材は活動や学習の選択肢の一つです。車いすのブレーキかけ忘れや転倒を直接予防する効果を保証するものではありません。
専門職へ相談した方がよい目安
次のような場合は、本人や家族だけで対応せず、医療・介護の専門職へ相談してください。
- ブレーキのかけ忘れによる転倒を繰り返している
- 立ち上がりや座り込みが不安定
- 最近、急に忘れ方や行動が変わった
- 片側のブレーキだけを見落とす
- 声をかけても手順を理解できない
- 車いすの操作が身体的に難しい
- 本人の状態に車いすが合っているか分からない
- 家族やスタッフだけでは安全を確保できない
突然の意識の変化、強い眠気、片側の手足の動かしにくさ、言葉の出にくさなどがみられる場合は、緊急性のある病気も考えられるため、速やかに医療機関へ相談してください。
まとめ
車いすのブレーキかけ忘れは、注意力の問題だけで起こるとは限りません。
確認したいポイントは次のとおりです。
- 車いすやブレーキが本人に合っているか
- 身体的に操作できるか
- ブレーキが見えやすいか
- 手順を覚え、順番に実行できるか
- 焦りや周囲の環境が影響していないか
- 家族やスタッフの支援方法が統一されているか
転倒を繰り返している場合は、「本人にもっと気を付けてもらう」だけで対応せず、車いす・環境・動作・認知機能・支援方法を総合的に見直すことが大切です。
ご本人だけで完璧に行うことを目指すのではなく、本人の力を活かしながら、安全に生活を続けられる方法を専門職と一緒に考えていきましょう。
参考資料
・厚生労働省「福祉用具|ヒヤリハット」
・国立障害者リハビリテーションセンター「高次脳機能障害を理解する」
・国立障害者リハビリテーションセンター「医学的リハビリテーションプログラム」
・国立障害者リハビリテーションセンター「よくあるご質問」
・作業療法士協会「状態像に応じた効果的な福祉用具利用のための ガイドライン ~自立支援の観点から~」
・厚生労働省「介護保険における福祉用具の選定の判断基準改訂案」


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