「テレビや周囲の会話に気を取られ、食事の手が止まってしまう」
「話し始めると食べることを忘れ、食事に時間がかかる」
病院や介護施設、ご家庭では、このような様子がみられることがあります。
周囲へ注意がそれることは、食事が進まない原因の一つです。しかし、食欲の低下、口腔や嚥下の問題、姿勢、眠気、体調、食具の使いにくさなどが関係している場合もあります。
この記事では、現役の作業療法士が、高齢者が食事に集中できないときに確認したい原因と、食事環境や声かけを工夫するポイントについて解説します。
大切なお知らせ
むせ込み、湿った声、発熱、体重減少、口の痛み、強い眠気などがみられる場合は、注意散漫だけが原因とは限りません。医師、歯科医師、看護師、言語聴覚士、管理栄養士などへ相談してください。
食事が進まないときに最初に確認したいこと
食事中にテレビを見たり会話をしたりしているからといって、すぐに「注意力が低下している」と判断することはできません。
まずは、次のような変化がないか確認します。
- 食欲そのものが低下していないか
- 食べ物を認識できているか
- 箸やスプーンを持ちにくくないか
- 姿勢が崩れたり、疲れたりしていないか
- 歯や入れ歯、口の中に痛みがないか
- 噛みにくさや飲み込みにくさがないか
- 薬の影響や体調不良による眠気がないか
- 食事の量や内容が本人に合っているか
- 食事を急かされ、緊張していないか
高齢者の食欲低下には、身体活動量、ストレス、疾患、食べにくさなどが関係します。認知症がある方では、食べ物の認識、食事の始め方、食具の操作、集中の持続などが難しくなることもあります。
参考:国立長寿医療研究センター「高齢者の食欲低下について 〜年を取るとどうして食欲がなくなるの?~」
参考:国立長寿医療研究センター「あたまとからだを元気にするMCIハンドブック第2版」
周囲へ注意がそれて食事が進まない原因
テレビや周囲の動きが気になる
テレビ、ラジオ、ほかの利用者の会話、人の出入りなどへ注意が向くと、食事動作が中断することがあります。
特に、映像や音へ強く興味を示す方は、食事とテレビの両方へ同時に注意を向けることが難しい場合があります。
一方で、静かすぎる環境が落ち着かない方や、一緒に食べることで食事が進む方もいます。必ず一人で静かに食べてもらうのではなく、本人に合った環境を探すことが大切です。 公的な介護情報でも、不要な刺激を減らしながら、楽しく落ち着ける食事環境を整える重要性が示されています。
食事を再開するきっかけをつかみにくい
会話や音へ注意が移ったあと、再び食事へ意識を戻しにくいことがあります。
料理や食具が目の前にあっても、次に何をすればよいか分からず、手が止まっている場合もあります。
このようなときは、「集中してください」と伝えるよりも、次の動作が分かる短い声かけが役立つことがあります。
食卓上の情報が多すぎる
複数のお皿、調味料、薬、花瓶、新聞などが一度に視界へ入ると、どれに注意を向ければよいか分かりにくくなる場合があります。
認知症のある方への食事支援では、テーブル上の物を整理し、食器と食べ物を見分けやすくすることが勧められています。
参考:Alzheimer’s Society「Supporting someone with dementia to eat and drink」
会話を楽しんでいる
食事が進まないように見えても、本人にとって会話が大切な楽しみになっている場合があります。
会話そのものを一律に止める必要はありません。食事量や体調、安全性を確認しながら、その方らしい食事時間とのバランスを考えます。
食事に集中しやすい環境を整える
テレビやラジオを一度止めて反応を見る
テレビやラジオへ何度も注意が向いている場合は、一度止めて食事の進み方を確認します。
ただし、本人が音楽を楽しみにしている、無音の環境では不安になる、といった場合もあります。すべての刺激を取り除くのではなく、何が食事を妨げ、何が安心につながっているかを観察しましょう。
テレビなどの背景刺激を減らし、落ち着いた食事環境を整えることは、公的な認知症ケア情報でも紹介されています。
参考:National Institute on Aging「Tips for Caregivers: Helping People With Alzheimer’s Disease Eat Well」
人の出入りが少ない席を選ぶ
廊下や出入口の近くは、人が通るたびに注意がそれやすくなります。
可能であれば、人の動きが視界へ入りにくく、本人が落ち着ける席を検討します。
ただし、「壁に向けて一人で座らせる」など、本人の希望や尊厳を無視した対応にならないよう注意が必要です。
テーブルの上を整理する
食事に必要な物だけを置き、新聞、リモコン、薬袋などは一度片付けます。
料理が多いと迷ってしまう方では、一度にすべてを並べず、数品ずつ提示する方法もあります。少量ずつ盛り付けることは、食欲が低下した高齢者への工夫としても紹介されています。
参考:国立長寿医療研究センター「高齢者の食欲低下について 〜年を取るとどうして食欲がなくなるの?~」
食器と料理を見分けやすくする
料理と食器の色が似ていると、食べ物の位置が分かりにくくなることがあります。
食器、料理、テーブルの色に差をつける方法も選択肢です。ただし、すべての方に特定の色が有効とは限らないため、本人の見え方や反応を確認しながら調整します。
姿勢と食具を確認する
足が床や足台へ安定しているか、身体が左右へ傾いていないか、テーブルが高すぎないかを確認します。
箸が難しい場合はスプーンを検討するなど、食具も本人の身体機能に合わせます。食具を持ちにくい、口元へ運びにくい場合は、作業療法士などへ相談してください。
食事を促す声かけの工夫
短く、具体的に伝える
「しっかり食べてください」「集中してください」といった抽象的な声かけでは、何をすればよいか分かりにくい場合があります。
次の動作を一つだけ伝えます。
- 「お味噌汁を一口飲みましょう」
- 「こちらのおかずを食べてみましょう」
- 「スプーンを持ちましょう」
- 「続きはこちらからですよ」
声をかけたあとは、すぐに次の指示を重ねず、本人が動き始めるまで少し待ちます。
本人の視界へ入ってから話す
背後や遠くから何度も呼びかけると、誰に話しているのか分からないことがあります。
本人の正面または斜め前へ入り、目線や表情を確認してから、落ち着いた声で伝えます。
急かしたり責めたりしない
「まだ食べていないの?」「早くしてください」と言われると、緊張や混乱が強くなる場合があります。
高齢者の食欲低下への対応でも、食べることを強制したり、食べないことを怒ったりしないことが勧められています。
一緒に食べる
支援者や家族が一緒に食事をすると、その動作が食べ始めるきっかけになる場合があります。
食事は栄養摂取だけではなく、人と過ごす時間でもあります。会話を完全に禁止するのではなく、本人が食事と会話の両方を楽しめる方法を考えます。
🌿 作業療法士からのポイント
食事中に手が止まると、「集中力がない」「食べる気がない」と感じることがあります。
しかし、本人は食べたくないのではなく、周囲へ注意が移ったあとに食事へ戻れない、次の動作が分からない、姿勢や食具が使いにくい、といった状態かもしれません。
声かけを増やす前に、
- どの場面で手が止まるか
- 何に注意が向いているか
- 声をかけると再開できるか
- 特定の料理だけ食べにくくないか
- 食事の後半に疲れていないか
を観察してみましょう。
完璧に集中して食べることを求めるのではなく、ご本人に合った環境や支援方法で、安心して食事を続けられることが大切です。
脳トレや抹消課題の位置付け
抹消課題などは、数字や文字から指定された対象を探し、注意を向ける活動として活用できます。
ただし、脳トレを行えば、食事中の注意散漫や食事動作が改善するとは限りません。また、食事前に脳トレを行うことで「集中モードになる」といった効果も保証できません。
脳トレは、次のような位置付けで無理なく活用します。
- 余暇活動の一つ
- 注意を向ける練習の一つ
- 本人の得意・苦手を観察する機会
- 生活の中で楽しめる活動
食事が進まない場合は、教材より先に、体調、口腔・嚥下機能、姿勢、環境、食具、声かけなどを確認しましょう。
注意を向ける練習に活用できる教材
当サイトでは、数字や文字の中から指定された対象を探す抹消課題を無料で公開しています。
本教材は活動や学習の選択肢の一つです。食事動作や特定の症状を改善する効果を保証するものではありません。
専門職へ相談した方がよい目安
次のような様子がある場合は、注意散漫だけで判断せず、医療・介護の専門職へ相談してください。
- 食事中によくむせる
- 食後に声がガラガラ・湿った声になる
- 食べ物を口にため込む
- 噛みにくさや口の痛みがある
- 食事量や水分量が急に減った
- 体重が減っている
- 発熱や肺炎を繰り返している
- 強い眠気があり、食事中も目を閉じている
- 箸やスプーンの使い方が急に分からなくなった
- 数日から短期間で急に様子が変わった
嚥下障害は低栄養や誤嚥などにつながる可能性があり、口腔・嚥下機能や栄養状態を含めた確認が必要です。
相談先としては、主治医、歯科医師、看護師、言語聴覚士、作業療法士、管理栄養士、ケアマネジャーなどが考えられます。
参考:厚生労働省「リハビリテーション・口腔・栄養 参考資料」
参考:厚生労働省「介護保険施設における摂食・嚥下機能が低下した高齢者の「食べること」支援のための栄養ケア・マネジメントのあり方に関する研究」
食事に集中できないときのチェックリスト
- テレビやラジオへ繰り返し注意が向いていないか
- 人の出入りが多い席になっていないか
- テーブル上に不要な物が多くないか
- 食器と料理を見分けられているか
- 姿勢が崩れていないか
- 箸やスプーンを使いにくくないか
- 一度に複数の声かけをしていないか
- 食事の後半に疲れていないか
- むせや口腔内の痛みがないか
- 本人が好きな料理や食べやすい量になっているか
一度にすべてを変えるのではなく、気になる項目から一つずつ調整し、食事の様子を確認します。
まとめ
高齢者が食事に集中できない場合、周囲の音や動きへ注意がそれている可能性があります。
一方で、食欲、体調、口腔・嚥下機能、姿勢、食具、認知機能などが関係していることもあります。
まずは原因を注意力だけに限定せず、次の点を確認しましょう。
- 本人の体調や食欲
- 噛む・飲み込む機能
- 姿勢と食具
- テーブル上の情報量
- テレビや周囲の人の動き
- 声かけの内容と回数
- 本人が落ち着ける食事環境
「食べることへ集中させる」のではなく、ご本人が安心して食事を続けやすい環境を整えることが大切です。
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参考資料
・国立長寿医療研究センター「高齢者の食欲低下について 〜年を取るとどうして食欲がなくなるの?~」
・国立長寿医療研究センター「あたまとからだを元気にするMCIハンドブック第2版」
・Alzheimer’s Society「Supporting someone with dementia to eat and drink」
・厚生労働省「リハビリテーション・口腔・栄養 参考資料」
・厚生労働省「介護保険施設における摂食・嚥下機能が低下した高齢者の「食べること」支援のための栄養ケア・マネジメントのあり方に関する研究」
・認知症介護情報ネットワーク「食事場面における認知症ケアの考え方」


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