本記事は、リハビリテーション専門職(作業療法士)が執筆しています。
注意機能とは?介護における“見えにくい困りごと”
「注意機能」とは、私たちが日常生活をスムーズに送るために欠かせない“集中と切り替え”の力です。この記事では、介護の現場でよく見られる「注意力の低下」がどのような困りごとにつながるのかを、具体的に解説します。
「注意力の低下」が引き起こす日常のトラブルとは
「同じ話を何度もしている」「呼びかけても反応がない」…そんな日常の小さな違和感。それは、注意機能の低下によるものかもしれません。高齢になると、脳の働きが変化しやすくなり、注意力が弱まることがあります。
この注意力の低下は、一見するとただの物忘れのように見えますが、実際はもっと複雑な“情報の処理能力”に関係しています。本人に悪気がなくても、介護する側がストレスを感じる大きな要因のひとつです。
年齢や認知症による注意機能の変化
注意機能は加齢によって自然に衰えることもありますが、認知症や脳血管障害、パーキンソン病などによってさらに影響を受けることがあります。本人は気づかないまま、周囲が「なぜできなくなったのか?」と戸惑ってしまうのが、この機能の特徴でもあります。
※注意機能の分類は、リハビリテーション分野で広く活用されている考え方に基づいて解説しています。
注意機能が低下するとどうなる?
例えば、以下のような「見えにくい困りごと」が起きます。
- 料理中に話しかけられて鍋を焦がしてしまう
- 掃除を始めても途中で何をしていたか分からなくなる
- 質問に答えた直後に、また同じ質問を繰り返す
これらはすべて、注意機能のいずれかの低下によって引き起こされている可能性があります。
4つの注意機能とその特徴
注意機能には、大きく分けて「選択性」、「持続性」、「転換性」、「分配性」の4つのタイプがあります。それぞれの注意力には特徴があり、どの部分が弱くなっているかによって、現れる困りごとや対応の仕方が変わってきます。ここでは、それぞれの注意機能の特徴をわかりやすく解説します。
選択性注意:必要な情報に意識を向ける力
「選択性注意」とは、周囲にたくさんの音や情報がある中で、必要なものだけを選んで意識を向ける能力です。例えば、テレビの音と家族の声が重なったときに、家族の話だけに集中できるかどうかがポイントです。
持続性注意:集中し続ける力
「持続性注意」とは、一定の時間1つの作業や会話に集中し続ける力を指します。長時間の会話や作業の途中で注意がそれると、「話を聞いていない」「仕事が終わらない」といったトラブルになります。

「趣味活動の時間が減った」といったことも要チェックです。
転換性注意:視点や行動を切り替える力
「転換性注意」とは、場面や話題をスムーズに切り替える能力のことをいいます。一旦始めた作業から別の作業へ移り、また元に戻るスムーズさが求められます。
たとえば、食事中にピンポンが鳴ったときに、すぐに対応し、その後また食事に戻れるかどうかがこの能力に関係します。
分配性注意:複数のことを同時に行う力
「分配性注意」とは、料理をしながら会話をしたり、洗濯機を回しつつ電話に出たりといった、複数のことを同時にこなす力をいいます。これが低下すると、一方に気を取られもう一方を忘れる、といったことが増えます。
【体験談】注意力の低下で起きた介護の困りごと


注意力の低下は、日常生活の中で“ちょっとした困りごと”として現れることが多く、見逃されがちです。ここでは、実際の介護現場で起きたエピソードをもとに、それぞれの注意機能の低下によってどのような困難が生じるのかを、具体的な事例とともにご紹介します。
事例①:大事な話をしても、テレビや周囲に気を取られてしまう(選択性注意の低下)
母は趣味がなく、いつもテレビをみて過ごしています。以前はテレビをみていても、母に話かけるとしっかりと話をきいてくれていたのに、話をちゃんと聞いてくれないことがだんだんと増えていました。何気ない会話では話を聞いている様子がなくても、イライラしなかったのですが、私が母に向かって大事な話をしているのに、視線はテレビのまま。さらに、目の前のテーブルにあるメモ帳を触りながら何かを探しているようでした。
「聞いてる?」と尋ねても、「え?何の話?」と返ってきて、がっかりしてしまいました。
このときの出来事に対してアドバイスいただいて、気づいたのは、母は“聞く気がない”のではなく、“聞き取る対象を選べなくなっていた”のかもしれないということ。
テレビの音、テーブルの物、そして私の声——同時に情報が入ってくる中で、どこに注意を向けるか選ぶ力(選択性注意)が弱くなっていたのです。
その後は、テレビを一旦消してから話す、手元に物がない状態で声をかけるなど、環境を工夫するようにしました。
事例②:掃除を始めてもすぐに気が散って中断してしまう(持続性注意)
掃除を頼んでも、10分もしないうちに「そういえば洗濯物は…」と別の行動を始めてしまう母。
最初は「なんで途中でやめるの?」とイライラしたのですが、実は集中力が持続しなかっただけだったと気づいたとき、ようやく母の変化を受け入れられました。
事例③:注意された直後にまた同じ失敗を繰り返す(転換性注意)
朝、母が冷蔵庫を開けたままにしていたので、「扉はちゃんと閉めようね」と優しく伝えました。その直後、別の食材を取りにもう一度冷蔵庫を開けたのですが…
今度は開けたまま別の作業に移ってしまい、また閉め忘れてしまったのです。
「さっき言ったばかりなのに…」と、思わず声を荒げそうになりました。でも、その瞬間、母の頭の中では“冷蔵庫を開けたこと”と“閉めること”がつながっておらず、前の注意を活かして行動を変えること(切り替えること)が難しかったのだと気づきました。
(転換性注意の低下によって、)「今すべき行動への切り替え」ができないのかもしれない――そう理解できたことで、接し方が少しずつ変わっていきました。
事例④:料理をしながら電話に出られずパニックになる(分配性注意)
料理中に電話が鳴ると、慌ててコンロをつけたまま電話に出ようとして、焦ってしまうことが増えました。
「焦らせてごめんね」――同時に複数のことを求めてしまっていた自分を振り返りました。
注意機能の低下にどう対応する?支援のヒントと工夫
注意機能の低下に気づいても、「実際にどう接すればいいのか分からない」と悩む方は多いものです。ここでは、4つの注意機能それぞれに対して、介護者が実践できる具体的な支援方法や工夫をご紹介します。
1つの行動に集中できる環境を整える(選択性注意)
周囲にさまざまな音や情報があると、必要なことに意識を向けるのが難しくなります。選択性注意の低下がある方には、目に映る物や音による情報を少なくして、「何に集中すればいいか」を明確にできる環境づくりが大切です。
- テレビやラジオは消してから話しかける
- 話しかけは、顔を見てゆっくりと
- 周囲の雑音をできるだけ減らす
タイマーやチェックリストを活用する(持続性注意)
持続性注意が低下すると、1つの作業を長く続けることが難しくなります。時間や行動を“見える化”することで、集中の継続をサポートできます。
- 家事や作業を「15分だけやってみよう」と区切る
- 進捗が見えるチェックリストを冷蔵庫に貼る
- こまめに「あと少しだよ」と声をかける
場面転換のサインやルーティンを作る(転換性注意)
転換性注意が弱くなると、「今何をするべきか」の切り替えが難しくなります。次にやることがわかりやすくなるよう、サインやルールを作っておくとスムーズです。
- 「お風呂が終わったらお茶にしようね」など、行動の予告をする
- スケジュールボードに「今」と「次」を視覚的に見せる
- ルーティンを習慣化し、切り替えやすくする
同時作業を求めず、段階的に行動する(分配性注意)
分配性注意が低下すると、複数の作業を同時に行うのが困難になります。1つずつ行動を区切る工夫をすることで、混乱や失敗を減らせます。
- 「今は料理に集中しよう」と1つずつ区切って声かけ
- 「電話は出なくていいよ。あとでかけ直そう」と優先順位を示す
- 作業を並列にしないスケジューリングを家族で共有する
専門職への相談も視野に(作業療法士・言語聴覚士の活用)
注意機能の低下は、本人も家族も気づきにくい問題です。作業療法士や言語聴覚士は、生活の中での注意機能を評価し、適切な支援方法を提案してくれます。
かかりつけ医や地域包括支援センター、ケアマネジャーに相談し、必要に応じてリハビリの専門職と連携してみましょう。
参考になるおすすめ書籍
注意機能や高次脳機能障害について、以下の書籍も参考になります。



ゴリゴリの専門書というより、介護で悩んでいる一般の方でも読めそうな本です。




まとめ|注意機能を理解することで、介護がぐっと楽になる
注意機能の低下は、見た目ではわかりにくいからこそ、介護者が誤解や怒りを感じやすいポイントです。しかし、4つの注意機能の特徴を理解し、それに応じた関わり方をすることで、介護はずっとスムーズになります。
“できない”ことに目を向けるのではなく、“どうすればできるか”を一緒に考えていく。
それが、介護において最も大切なことだと感じています。
本記事は一般的な情報提供を目的としており、医師の診断・治療に代わるものではありません。具体的なケア方法やリハビリ計画については、必ず専門家にご相談ください。
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